BLと少年愛の研究室

少年愛の歴史~文化から虐待への認識転換~③文学作品への登場

前回、初めてスターがつきました!!マイナーすぎるジャンルのため、読んでいただけるなんて思っていなかったので、とっても嬉しいです。ありがとうございます!

文学作品にみる少年愛の登場

少年愛の定義ができたところで、いつ頃から日本で少年愛という風習が登場したのか、考えていきたいと思います。

古代ギリシャ少年愛

海外では、古代ギリシャの頃から少年愛が存在していました。
それを証明するのが、有名なこの本です!

f:id:eien_nemuri:20210120030217j:plain

Amazonより。私は新潮文庫版が好きです。)

この、プラトンの『饗宴』では、

恋を寄せるも者のほうは、叡智やその他の徳で少年に寄与することのできる者であり、少年のほうは人間形成の教養やその他のどんな智慧においても得るところありたいと望んでいる者であるとしよう。(中略)ただここにおいてのみ、恋を寄せられる少年が相手の想いを受け容れてもそれは美しいことであるという事態が結果するのであって、ほかの場合には決して生じないのである。

 

というような*1少年愛の賛美が全編を通して行われています。
ちなみに、この『饗宴』では、ソクラテスの恋人の美少年・アルキビアデスが登場しています。

また、デイヴィッド・M.ハルプリンは、

少年愛が古代アテネにおいてじっさいに社会制度であった―それもしばしば、さまざまな有益な目的に役立つと考えられていた制度であった―」(David M.Halperin ,1990:訳書p103)ことを疑う研究者は誰もいないだろう、と述べています。*2

f:id:eien_nemuri:20210120022911j:plain

(男性と少年のキス ルーブル美術館所蔵 wikipediaから)

古代ギリシャ少年愛が描かれた美術資料は、探すとたくさんあるのですが、ひとまずwikipediaから画像を借りました。

日本紀』における同性愛描写

では、日本ではいつ頃から少年愛は存在していたのでしょうか。

ここでは、男色研究の第一人者である岩田準一の『本朝男色考』を参考にして、その起源を探ってみます。

f:id:eien_nemuri:20210120033103j:plain

Amazonより。図書館とかで閲覧できるかと。)

岩田氏は、日本での最初の同性愛の記述を『日本紀』巻九の神功皇后紀に見られる阿豆那比之(あづなひの)罪としています。*3

これは、喜しき友(うるわしきとも)であった小竹の祝(しののはふり)と天野の祝(あまのはふり)を合葬したために、昼も闇になってしまったという話です。*4

しかし、この話では、小竹祝と天野祝の年齢が記述されていないため、可能性があったとしても、これを少年愛の起源とすることはできません。

源氏物語』の源氏と小君の情交

岩田氏の示す文献を検討すると、少年愛と言い換えることのできる男色が登場した文学作品は、源氏物語が最初のものだといえるでしょう。

岩田氏は、『源氏物語』の帚木から空蝉の章にかけてみられる、光源氏と空蝉の弟である小君の描写から男色の関係を推測して、

源氏物語に見えた源氏と小君の情交は、後世の少年稚児に繋がる所謂男色の濫觴とも見るべきで、これより以前の文献にはこの種の記事は発見されない」(p13)

と述べています。

小君は、源氏の君が恋した人妻・空蝉の弟です。
源氏と小君については、二人の年齢が明確になっていて、小君は十二・三歳の上品な少年で、十七歳の光源氏によって「身近く使ふ人」*5に用いられます。
お付の召使のことですね。
二人の情交は、以下のように描写されています。

 

涙をさへこぼして臥したり。いとらうたしと思す。手さぐりの、細く小さきほど、髪のいと長からざりしけはひのさま通ひたるも、思ひなしにやあはれなり。(中略)例のやうにものたまひまつはさず、夜深う出でたまへば、この子は、いといとほしくさうざうしと思ふ。(前掲書:阿部ほか校注P191)

 

空蝉に振られた源氏が、弟の小君と添い寝する様子です。 
小君は、愛した空蝉によく似ていたようで、その様子が愛おしかったみたいですね。
この様子は、大和和紀先生の漫画作品『あさきゆめみし』にも、やんわりとした描写があります。美青年と可愛い少年なので、絵面が美しいです。
このような描写について、岩田氏は、

源氏物語は、たといそれが一編の小説に過ぎないとは云え、かの竹取物語の如き翻案と空想の産物では無い限り、当時の風俗をかなり如実に描写したものとみて差し支えないのである。すると源氏と小君の情交の如きは、その頃貴族の間には往々に行われていた風習ではなかったろうか。 

 

と考察しています(前掲書:岩田p13)。

確かに、源氏と小君の関係を性関係のある少年愛と判断してしまうのは早急かもしれません。
しかし、身近に仕える少年の愛らしさを愛でる、後の稚児愛(ちごあい)を彷彿とさせる少年愛の雰囲気は、源氏物語が成立したといわれる平安時代中期の頃、すでに貴族の間に存在していたと考えていいと思います。

『古今著聞集』の殿上童

そして、平安時代後期になると、この少年愛の雰囲気は殿上童を中心に宮廷の中で広がっていたことが窺えます。

例えば、『古今著聞集』巻十四「白河院深雪の朝、小野皇太后御幸宮の許へ御幸の事」の中では、「朽葉のかざみきたる童二人」の優美な様子を見た白河院が「酒はうるはしうならせ給ひける」と記述されている。*6
美少年を眺めながらだと、お酒も美味しく感じたんですね。

また、この頃には、寺院で少年を対象とした男色を描写した文献が多数見られるようになります(前掲書:岩田)。

その中には、次回詳しく検討するように、明らかに性関係を伴ったものも存在しているのです。少年愛は、平安時代中期から末期の間には確実に僧侶や貴族の間に広がっていたといえるでしょう。

❤『あさきゆめみし』はすごい❤
今回、少年愛を描いた日本初の文献として登場した源氏物語
多くの方は学生時代に大和和紀先生の『あさきゆめみし』で読まれているかと思います。私もそうで、小学生の頃手に取って、ちょいちょい描かれる(男女の)濡れ場にドキドキしていました。
私は文学を学んでいないので、あとは谷崎潤一郎瀬戸内寂聴の訳で読んだくらいなのですが、やっぱり大和和紀先生の漫画が圧倒的に感情移入できます。
そして、何より絵が美しくて、ため息ばかり。女性ももちろん、少年たちも美しいです。
「光る君」と呼ばれていた源氏はもとより、藤壺の宮との不義の子・冷泉帝、夕霧、薫、みんな小さいとき超可愛い。
もしよければ、もう一度読み返して、源氏物語の美少年たちを楽しんでみられては
いかがでしょうか。Kindleでも読めます!



 

*1:プラトン著・鈴木照雄訳「饗宴」(『世界古典文学全集第14巻 プラトンⅠ』筑摩書房、昭和39年、p130)

*2:デイヴィッド・M.ハンプリン著・石塚浩司訳『同性愛の百年間 ギリシャ的愛について』法政大学出版局、1995

*3:岩田準一『本朝男色考』千巻産業有限会社、昭和48年

*4:小島憲之ほか校注『新編日本古典文学全集2 日本紀①』小学館、1994年

*5:阿部秋生・秋山虔今井源衛校注『日本古典文学全集12 源氏物語一』小学館、昭和45年、p181

*6:永水安明・島田勇雄校注『日本古典文学大系84 古今著聞集』岩波書店、昭和41年、p378