BLと少年愛の研究室

階級を越えた少年愛・芸能の少年たち【少年愛の歴史~文化から虐待への認識転換~⑥】

(三)階級を越えて広まった少年愛

ここまで、寺院と武家少年愛について書いてきました。
今回は、平安時代末期から戦国時代にかけて、僧侶・公家・武士・庶民というあらゆる階級に広まっていた少年愛について書いていきます。

能の前身・猿楽と田楽の少年たち

岩田氏は、「政治が王朝から武家に転じて新政治が根本から民衆的になった結果、従来は殆ど或る階級にのみ限られてあった如き男色風俗が、先ず武家の間に迎えられて盛行し、漸次一般民衆にも波及」(前掲書:岩田p58)した、と述べています。

そうした、庶民を含めた階級に少年愛の対象として持て囃されたものが、猿楽田楽の少年たちです。

・猿楽と田楽とは

「猿楽(さるがく)」は、奈良時代に大陸から伝わった「散楽」が平安時代頃に日本化したもので、「猿楽」もしくは「申楽」と呼ばれるようになったそうです。滑稽な劇を演じることが多かったとか。
「田楽(でんがく)」とは、田植え等の際に行われる芸能から発達したものだそうです。
これらが、へと発展していきます。能の歴史は、能楽協会様のHPに詳しく書かれています。

www.nohgaku.or.jp

・文学の中に見られる当時の熱狂

太平記』巻二十七「田楽事付長講見物ノ事」では、「大樹(たいじゅ)(足利尊氏)是を被興事(きょうぜらるること)又無類(またたぐひなし)。サレバ萬人手足ヲ空ニシテ朝夕是ガタメニ婬費(無駄遣い)ス」*1とあります。
ここでは、貞和五年六月十一日に行われた新座本座の田楽の催しで「粧ヒ盡シタル美麗ノ童八人」(前掲書:後藤・岡見校注p56)の舞が行われたと記されており、絵巻物では、老若男女、貴賤貧富を問わず、あらゆる階層の人々がその舞を楽しんでいる様子を見ることができます。
美しい人間による芸を楽しみ、時にお金もつぎ込む、昔の人も心は一緒ですね(*'▽')

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太平記絵巻』巻二十七より田楽の美少年と見物客。お坊さんもいます。

(宮次男・佐藤和彦編『太平記絵巻』河出書房新社、1992年、p143より)

絶世の美少年・世阿弥の登場と能の大成

能楽を大成した世阿弥も、大和猿楽のなかで芸能経験を積んでいます。
世阿弥が十二歳の年に父・観阿弥が今熊野社で猿楽能を催して以来、観阿弥世阿弥父子は将軍足利義満の庇護下に置かれました。*2
青年の義満は世阿弥に魅了されたようで、「永和四年には義満の祇園会の鉾見物の桟敷に召され、その寵愛ぶりが一部の反感を買った」といいます。*3
また、当時の優れた知識人で、少年の世阿弥藤若の名(綺麗な名前ですよね)を与えた二条良基は、尊勝院へあてた書状の中で

わか芸能は中々申におよはず、鞠連哥なとさえ堪能には、たゝ物にあらす候、なによりも又、かほかたちふり風情ほけほけとして、しかもけなわけに候、かゝる名童候へしともおほえす候(前掲書:福田p34)


と、世阿弥の才能と美貌を絶賛しています。*4
蹴鞠も連歌も得意な美少年・藤若、タイムスリップして見てみたい!
ちなみに、この書状、最後に「この手紙は燃やしてくれ」と書かれています。知識人の二条良基、書状を書いた後、「年甲斐もなく熱中しているのがばれたら恥ずかしい!」とでも思ったんでしょうか・・・(*/∇\*)゙キャッ

義満と良基の少年時代の世阿弥に対する対応には、少年愛の雰囲気を感じることができます。世阿弥二条良基から手厚い教育を受け、それがのちの能の大成に繋がっていきます。このことを考えると、当時の少年愛という文化が、能成立の一要因であったといっていいのではないでしょうか。

ちなみに、世阿弥と一族の盛衰については、杉本苑子先生による『華の碑文』という小説があるので、近いうち読んでみようと思っています。

人身売買の犠牲となった少年たち

しかし、田楽や猿楽に従事する少年たちは、決して世阿弥のように恵まれた少年ばかりではありませんでした。

阿部弘蔵は、『日本奴隷史』の中で、『文安田楽記』の中の文安元年六月に貞常親王が田楽見物の際に福若丸という十七歳の美少年を見初め、夜に召し入れて賞翫したという記述や、『二水記』の中の永正14年4月に宮千代丸という少年が禁中に上がり、親王らが彼の「色に淫せし」という記述を引用し、「此等田楽の中、年少なる役者ともには、男倡を営ましめたるのみならず、此の徒輩一身の売買をも兼業せる者多々これあり」と述べています。*5

そして、「続武家閑談に、長井甲斐守と日比野下野守との二人が美濃に来たりし江州の俳工より娼童の美なるを選び購ひし由を記したり。こも田楽の族にして、その老輩なる俳工即ち一種の人買に買収せられたる哀れむへき奴隷ならん」と指摘しているのです(阿部pp158-159)。

つまり、田楽や猿楽の少年たちの中には、性の対象として人身売買の犠牲となっていた者が存在していたことが明らかになっているのです。

・能に見る人身売買

人身売買の対象となるのは、田楽や猿楽の少年たちだけではありませんでした。
能の中には隅田川』『桜川』『三井寺』『自然居士』など、子どもの人身売買を扱った作品が存在していることから、貧困のなかにある一般の少年たちの人身売買が行われていた当時の世情を知ることができます。

そして、当時の少年愛が流行していた雰囲気から考えると、こうした一般の少年のなかでも美しい少年は、性の対象となっていたのではないでしょうか。

こうした連想は江戸時代にもあったようで、人買いに売られる途中で死んでしまった『隅田川』の梅若という少年について、「梅若はたとへ生きてもけつをされ・命なりけり」という川柳があります。*6
岩田氏は、少年の人身売買を扱った能『桜川』『三井寺』で僧侶が関係していることを指摘し、「之から考えると寺院が男色の目的を以て美少年を購入した数は決して少なくはなかったであろう。」と述べています(前掲書:岩田p139)。

・禁令が出されるも、効果はあまりなかった

こうした人身売買については、鎌倉時代から、禁令がいくつも発布され、烙印を押すなどの処罰を与えるという刑も定められました。*7しかし、1239年(延応元)4月には、「飢饉の年、人身売買の特例」として「凡人倫売事、禁制殊重、然而飢饉之年計者、被免許儀歟」(桑原p88)という、飢饉の年には人身売買を許可する法令が出ています

このような特例が出されたことに対し、岩田氏は、「その結果は危殆の時期が過ぎても、猶公然と行われ、のみならず人を勾引する者、売買を業とする者さえ漸く多からんとして、其の後は度々の禁令も効がなく、遂には時俗の如く見放される迄に至った。」と述べています(前掲書:岩田p134)。

また、阿部氏も、1254年(建長6)には再び「質人事一向可停止之」という人身売買を一切禁止する法令が出されていることを指摘しながらも、1399年(応永6)の質入り証文や1473年(文明5)の証文から人身売買が行われていたことが証明できるとし、「この停止は、全く一時に止まりししか、或は其の功なくして消滅したるものと看做すより外なし」と述べています(前掲書:阿部p222)。

人身売買の禁令が効力を発しなかった理由については岩田の指摘する特例の他にも、当時は皇族、公家、僧侶、武士といった禁制の及びがたい身分の人々も少年の人身売買に関わっていたことも理由として挙げられるかもしれません。

江戸時代以前の少年愛まとめ

以上、江戸時代以前の三つの少年愛の形態を検討する限り、少年愛は寺社を始めとして、武士や民衆の間にも風俗として確立されていたことが分かりました。その風俗は、戦術として機能し、また稚児物語や能楽などの芸術を生む要因となった一方で、人身売買の犠牲となった悲惨な境遇の少年を生みだしました。
しかし、そうした悪習に対する規制はほとんど整備されておらず、性暴力の対象となる少年の保護は、江戸時代以前にはほとんど機能していなかったことが理解できます。

 

❤能のすすめ❤
世阿弥の生涯、今回、能のことに触れましたが、私は、能がとっても好きです。
かつては、「は?能?眠そう」と思っていました。
でも、学生時代にすごい熱量で能の面白さを教えてくださる先生に出会い、どんなもんかと行ってみたら、見事その世界に魅了されてしまいました。
そこは、もう現実ではなく幽玄の世界
業平が、六条の御息所が、敦盛が、天女たちが生きてるんです。
そして、今回触れた悲劇の少年たちも。
表情がないことを「能面のよう」といいますが、とんでもないです。
面は、様々な表情を伝えてくれます。
ただ、面のせいで台詞がこもって聞こえるし、台詞が昔の言葉なので、予習が必要かも。私は、毎回「謡曲集」と呼ばれる台本を持って聞きに行っています。
このサイト的には、人身売買によって子どもと別れた母が狂気に陥って彷徨う『桜川』隅田川がおすすめです。もう一回、謡曲を読み直し、詳しく紹介記事を書いてみたいです。
 

*1:後藤丹治・岡見正雄校注『日本古典文学大系36 太平記三』岩波書店、昭和37年、p55

*2:西野春雄・羽田昶編『新版 能・狂言事典』平凡社、2011年、「世阿弥」の項参照

*3:福田秀一「世阿弥の幼少時代を示す良基の書状」(日本文学研究資料刊行会編『日本文学研究資料叢書 能・狂言』有精堂、昭和56年、p33)

*4:この書状が良基の真作か偽作化には問題があるが、福田秀一氏は「これを良基の書状と信じてよいと思つてゐる」(福田p35)と述べており、ここでは良基のものとした。

*5:阿部弘蔵『日本奴隷史』成光館出版部、昭和3年、p158

*6:山本成之助『川柳・性風俗事典』牧野出版、昭和57年、p193

*7:桑原洋子編『日本社会福祉法制史年表』永田文昌堂、1988年